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仙台高等裁判所 昭和29年(う)678号 判決 1955年1月18日

控訴人 被告人 呉義陵

弁護人 菅原秀男

検察官 岸川敬喜

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

本件を福島地方裁判所平支部に差し戻す。

理由

弁護人菅原秀男の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人名義の控訴趣意書の記載と同じであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点について。

原判決の「法令の適用」をみるに、刑法第九十五条第一項第二十五条刑事訴訟法第百八十一条を羅列していること所論のとおりであるが、その主文と対照するに、被告人を懲役十月の実刑に処し、原審相被告人文泰和同李錫撥の両名を懲役十月三年間執行猶予に処しているから、刑法第二十五条は原審相被告人文泰和同李錫撥の両名に対し適用したもので、被告人に対しこれを適用した趣旨ではないと解するのが相当である。されば、原判決にはその法令の適用において明確さを欠く譏は免れないけれども、所論のように被告人に対し法令の適用において刑法第二十五条を掲げながら主文において執行猶予の言渡しを脱漏した違法あるものとなすを得ない。論旨は理由がない。

同第三点について。

所論原判示第一2の事実に対する証拠として原判決の挙示する原審証人大竹栄同吉田三郎の各証言は原審第三回公判における右両証人の供述を指すものであること、その後原審第五回公判において裁判官の更迭により公判手続を更新したが、同公判調書には前記第三回公判調書中右両証人の供述記載を取調べた旨の記載がないこと所論のとおりである。しかし、公判手続を更新したときは、刑事訴訟規則第四十四条第三十二号によりその旨及び所定事項即ち証拠調に関しては取調べない旨の決定をした書面及び物を記載するのみで足り、取調べたものはこれを記載することを要しないのであつて、反証のない限り記載のないものは取調べられたものと推定されるのである。ところで、原審第三回公判調書によれば、公判手続を更新した旨の記載があつて所論証人大竹栄同吉田三郎の供述記載については、異議の申立その他これを取調べなかつたと認むべき資料は何等存しないから、適法に証拠調べされたものと推定すべきである。されば、原判決には所論のように証拠調をしない証拠を採用した違法は存しない。論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決が原判示第一1の事実に対する証拠として挙示する「最上典男、吉田三郎に対する各司法警察員の供述調書、最上典男、八代勝義に対する各検察官の供述調書」は、原審第六回公判調書によれば、刑事訴訟法第三百二十八条により所論証拠の証明力を争う方法として原審検察官より取調請求があつて証拠調べされたものであること所論のとおりである。ところで、刑事訴訟法第三百二十八条の証拠の証明力を争うための証拠はこれを犯罪事実の証明に使用することはできないところであるから、原判決は採証法則違反の違法をおかしたものであり、右の証拠を除く爾余の原判決挙示の証拠によつては右原判示第一1の事実を認定することはできないから、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明かであるといわねばならない。そして、原判決は右事実と原判示第一2の事実とを包括一罪として一個の刑を科しているのであるから、原判決中被告人に関する部分は全部破棄を免れない。論旨は理由がある。

次に、職権を以て調査するに、刑法第九十五条にいわゆる暴行はそれが直接には物に対して行われる場合においても、それが間接には公務員に対して加えられるものと認め得られるときは、ひとしく同条にいう暴行というを妨げないこともちろんであるが、その物に対する暴行が間接にも公務員に対して加えられたものと認められないときは、これを以て公務執行妨害罪を構成する暴行ということはできない。ところで、原判決の事実摘示によれば、原判示吉田収税官吏等が適法な令状により原判示山際に設けられた小屋及び防空壕利用の犯則現場において犯則物件を捜索差押え容器容量の採尺及びアルコール検定資料の採取等職務の執行をしていた際、被告人が前記防空壕入口で鉄棒にて犯則物件と認められるガラス製一斗瓶を破壊して暴行し、同防空壕入口附近に停車中の前記税務署使用の自動車内に前記係官が持込みおいた押収のもろみ入り採取瓶二本を取つてこれを附近の堀内に投棄破壊して暴行し、前記吉田収税官吏等の職務の執行を妨害したというのであるが、右事実摘示を原判決挙示の証拠と併せ判読しても、右瓶の破壊又は投棄が、間接にもせよ、原判示職務執行中の公務員に対し暴行を加えたものである所以を諒解し難く、結局原判決は公務執行妨害罪における暴行の判示として欠くるところがあるものといわねばならない。即ち、原判決には理由不備の違法があり、破棄を免れない。

なお、記録に徴するも、被告人が前記物件に対し暴行をする際ただ附近に公務執行中の収税官吏が居た事実が認められるだけであつて、証拠物件として保管監視中の収税官吏の面前で右物件を破壊したとの如き事実も認められず、これを以ては職務執行中の公務員に対し間接に暴行を加えたものと認め難く、若しその他にこの所為が職務執行中の公務員に対し間接に暴行を加えたものと認めるに足る証拠がないとすれば、被告人の原判示第一の所為は器物毀棄罪を構成するに過ぎないが、記録に徴すれば、少くとも原判示第三の原審相被告人李錫撥が原判示の如く吉田収税官吏を脅迫しその職務の執行を妨害した事実につき被告人が暗黙の共謀関係にあつたものと認められないわけではなく、訴因を変更して審判すればこの点において被告人に対し公務執行妨害罪の成立を肯定し得ないわけではない。なほ、原判示吉田三郎等数名の収税官吏は相共に一の公務執行行為をなしているものであり、これに対し同時同所においてその執行を妨害したものとすれば一罪を構成するものであることはもちろんであるから、原判決の如く被告人の所為を第一の12とわけて判示する必要をみない。また、被告人は昭和二十六年三月十三日仙台高等裁判所で酒税法違反の罪により懲役十月及び罰金七万円に処せられ、当時右刑の執行を受終つた前科があるところ、原判決は累犯の加重をしていないのであるから、原判決はこの点でも誤つている。

以上の次第で、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十九条第三百七十八条第四号により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法第四百条本文により本件を福島地方裁判所平支部へ差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 蓮見重治 裁判官 細野幸雄)

弁護人菅原秀男の控訴趣意

第一点、原判決は被告人に対し執行猶予の判決を下さなかつた違法あるものである。即ち被告人に対する原判決の主文は、被告人を懲役拾ケ月に処し執行猶予の言渡をしなかつたものであること原判文上明らかである。然るに其の法令の適用を見るに、刑法第九拾五条第壱項、第弐拾五条、刑訴法第百八拾壱条を適用しているから、被告人に対しては刑法第弐拾五条に則り、刑の執行を猶予する旨の言渡をなすべきが、右法規の定めるところであるから、原判決は右の言渡を脱漏した違法あるものであつて到底破棄を免れないものである。

第二点、原判決は判決に影響すること明白なる採証法則違反のものであつて到底破棄を免れないものである。

原判決は被告人に対する原判示第一(1) (2) の事実を認定した上、第一(1) の事実に付最上典男、吉田三郎に対する各司法警察員の供述調書、最上典男、八代勝義に対する各検察官の供述調書を証拠の一部として挙示している。而も右各供述調書は何れも、刑事訴訟法第参百弐拾八条により公判準備又は、公判期日における最上典男、吉田三郎、八代勝義の供述の証明力を争うために提出されたものであること明らかである。凡そ右第参百弐拾八条の規定は公判準備又は公判期日における証人その他の者の供述の証明力を増減する以外の証明力を持たないと解すべきであつて右各証人その他の者の供述と独立して犯罪認定の資料とはならない事同法第参百弐拾壱条乃至第参百弐拾四条の規定との対比上明白である。然るに原判決は右各供述調書を公判準備或は、公判廷における最上典男、吉田三郎、八代勝義の供述とは全く独立して犯罪事実認定の資料としていること明かであるからこの点においても破棄するべきものである。

第三点、原判決は証拠調べもしない証拠を採証に供している違法がある。

原判決は被告人に対する判示第一(2) の事実につき大竹栄、吉田三郎に対する証人尋問調書を証拠に挙示している。右証人尋問調書は、何れも公判更新前における大竹栄、吉田三郎の公判廷における供述を指すものと解せられるが公判更新の際の第五回公判調書及その後の手続を見るに何れも取調べをなされた形跡がない。右は何れも職権によつて取調べをなすべきものなるにかかわらずかかる措置を行はずして漫然証拠に採用した事は違法不当も甚しいものであつて、到底破棄を免れない。

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